2018年5月7日
イトログ

 

『スペシャルティコーヒー』

 

今年で中米を訪問するのは8回目。すっかり毎年の恒例になってしまった。

 

当時から会っているコーヒー農家さんたち、新しく知り合ったコーヒー農家さんたち、そしてその家族。

その農園で働く労働者たちや、毎年滞在するホテルのスタッフさんたち、たくさんの友人や知り合いが増えた。おかげで日本にいるときよりも慌ただしい毎日を過ごしているかもしれない。

お付き合いしている作り手たち全員がスペシャルティコーヒーを作るために情熱を注いでいる。そこには僕たち消費国のプロたちの協力が不可欠であることもこの8年間で体感として実感している。

 

正直に言うと、僕はここ数年スペシャルティコーヒーという言葉を控えてきた。

スペシャルティコーヒーという言葉が、単に美味しいコーヒーを指す言葉、そして販売側の売り文句のように使われ始めたのに嫌気がさしたからだ。

少なくとも僕がスペシャルティコーヒーに出会ったころはこうではなかった。

スペシャルティコーヒーを提供するその意識が生産国の作り手にまできちんと行き届いたお店が多かった。一杯一杯が感動的で本当に美味しかった。だからこそ当時は消費者だった僕もその世界に強く惹かれた。

お店を立ち上げてしばらくして、スペシャルティコーヒーという言葉が市民権を得ていくのに比例するようにスペシャルティコーヒーを提供するお店が増えた。

その過程でこの言葉が、単に美味しいコーヒー、そして高品質を謳う売り文句的に乱雑に使われ、消費者に間違ったように理解されていくのがとても腹立たしかった。

 

今年、ニカラグアでは例年の半分ほどの収穫しかできていない。

度重なる雨、嵐のような暴風、そして経済が招いた労働者不足。収穫を待つコーヒーたちを横目になかなか進まない収穫作業、その間に降る雨と風が実を落としてしまう。

品質こそ良かったものの、国からのなんのサポートもない農家さんたちからすると収穫量が収入に直結している。

これまでもこういったことがなかったわけではない。肥料の値段が一気に上がったこともあったし内戦や治安の関係でコーヒーが作れないこともあった。サビ病という病気が蔓延したときには農家は自費でその対応に追われた。8年前から毎年会っていたサラティエルさんは労働者を探している途中に事故で亡くなった。

しかし消費の現場ではそんなことはほとんど感じさせない。コーヒー屋は自店のスペシャルティコーヒーの品質を高らかに謳い、生産国のそれを消費者に伝える人はほとんどいない。

現地に行くことだけが正しいとは決して思わないけれど、せめてそういったことが起きていることを知ろうともしないことがとても怖く思えている。

 

スペシャルティコーヒーの理念のその素晴らしさは、美味しさの恩恵が生産国の作り手にまできちんと還元されることにある。

素晴らしい自然環境や、そこに生きるたくさんの名もなき作り手たちの情熱的な仕事の結果にこの美味しさが誕生したことを、飲んだ人に伝え、考え、行動してもらう。

そうやってこの美味しいコーヒーをいつまでも、いつの世にも楽しめる環境を整えていくことにスペシャルティコーヒーという言葉の真髄があると僕は思っている。

 

飲み手が美味しければそれで完結するのではない。このコーヒーには続きがあるのだ。

それがこのコーヒーのテーマでもある「From seed to cup(種からカップまで)」という言葉に集約されている。

いつしかトレンドワードのように扱われ拡がっていく様子が心底嫌になって僕はスペシャルティコーヒーという言葉を使わなくなった。

 

でもやっぱり黙ってはいられなくなった。今のこの街のコーヒーシーンを見ても、このままだと確実にこの素晴らしい美味しさを持ったコーヒーがいつの日かなくなる確信がある。商業的に別の言葉に置き換わり、いつしかその本来の理念は失われていくのが見えている。

 

もう一度、僕は、僕自身がコーヒーの世界に入るきっかけになったこの言葉を使おうと思っている。

スペシャルティコーヒーの本当の美味しさ、そしてその理念の素晴らしさをきちんと伝え、賛同してくれる人たちと一緒に考え、話し、微力な行動をおこそうと思っている。

 

僕たちのお店は、スペシャルティコーヒーの専門店だ。

 

 

2018年4月3日
イトログ

 

『8度目の中米』

 

4月の頭からニカラグアに来ている。

今回もいつものように今年のコーヒー豆の買い付けのためで、今は収穫はほぼ終わってひと段落したところだろう。

 

今年のニカラグアは渡航前から良い噂を聞かず、乾季に降る雨や収穫期の労働者不足の影響で収穫量が落ちていると先に買い付けに行った友人や現地の農家さんたちからそう聞かされている。

良いものができていないかというとそうでもないようで、品質の高いものはできているがその量が少なくなっているようだ。

 

変わっていく自然を相手に生活をする彼らの声を聞きながら、改めて彼らに対する感謝や尊敬が湧いてくる。僕も含めてみんなが同じ自然の中に生活しているはずなのにこの意識の違いはなんなのだろうとも感じる。

 

今日は朝からオコタルの街に移動し、その後はサラティエルさんの息子さんのサミュエルと過ごす予定だ。自宅に招待してくれたり、サラティエルさんが亡くなった後に産まれた彼の孫も見せてくれるという。

まずは一週間のニカラグア生活が始まった。はやくこの時差ぼけを直さないと。

 

 

2018年2月11日
イトログ

 

『サラティエルさんの死』

 

2018年を迎えてすぐの1月5日、ラ・エスペランサ農園のサラティエルさんが交通事故で亡くなったとのメッセージがニカラグアの農家さんから届いた。

僕は最初そのメッセージの意味がわからず、どういうことなのだろうとぼんやり考えていたのだけれど、その後しばらくしてサラティエルさんの息子サミュエルから送られてきたメッセージを読んでその全てを理解した。

 

ニカラグアは今、収穫期の真っ只中。この時期はピッカーと呼ばれるコーヒーの実を収穫する季節労働者で農園は溢れかえる。

ただし近年、季節労働の収入の不安定から、通年雇ってくれる都市部のタバコ工場に勤めたり、コスタリカやパナマといった隣国へ出稼ぎに行ったりと、ピッカーそのものの数が減り、結果、収穫期に腕の良いピッカーを獲得すること自体が難しくなっている。

サラティエルさんが事故にあったのは自身の農園があるエリアとは違うエリア。

地元のニュース記事ではおそらく収穫を手伝ってくれるピッカーを探しに出かけていたのだろうと。その道中の出来事だったそうだ。

 

サラティエルさんに最初に出会ったのは2011年。一昨年まで一緒に買い付けをしていたグループにニカラグアに連れて行ってもらったときだ。

滞在しているオコタルの街からほど近いディピルトというエリアで、農園に着くなりずんぐりとした体格の熊のようなおじさんが現れた。サラティエルさんだ。

彼はみんなを家の中に招待し、ひとりひとりにお土産を手渡してくれた。ここから昨年まで毎年彼には会うのだけれど、ロバの置物やテーブルいっぱいのフルーツ、農園のロゴが入ったTシャツなど、その度にたくさんのおもてなしをしてくれた。

 

彼の農園で収穫の体験をしたことがあった。

手ほどきを受けていざ収穫。しばらくすると彼が僕が収穫したカゴの中のコーヒーチェリーを手に取りスペイン語で話しかけてきた。

「これは一見赤く熟したように見えるけれど、裏面にいくにつれて少しずつ黄色になっている。これはまだ収穫するには早いんだ」

こういった内容のことをジェスチャーを交えながら熱心に丁寧に説明してくれた。収穫中の手つきや高い枝についたコーヒーチェリーの収穫の仕方など、実際の収穫も目の前で実演してくれた。

 

ある年、ディピルトエリアのコーヒーの品質が例年よりも下がったことがあった。コーヒーの木の病気であるサビ病が中南米を襲ったときだ。

彼の家でいくつかの食事とフルーツを囲みながらこんな話をした。

「今年はコーヒーの品質があまり良くない。コーヒーチェリーが熟す途中に落ちてしまったり、木そのものの状態もあまり良くないようだ。雨も多い」

何でも屋の彼は焙煎もやったりはするけれど、コーヒーの味を専門的に評価できることはなかった。これまで培ってきた経験と木の状態から間接的にコーヒーの味を評価していたのだろう。実際、カッピングの結果も良くはなかった。

チェリーの状態などいくつかの成分検査は実施していたものの、肌感覚で直感的にコーヒーに向き合う彼の正確さに驚いたのをよく覚えている。

 

結果的に最後に彼に会うことになった2017年。

初めて一人でニカラグアを訪問した僕を彼はいつもと同じように迎えてくれ、息子のサミュエルさんと一緒にこれからのビジョン、サラティエルさんとサミュエルさんのそれぞれの考え、今後の農園の方針、そういったことを農園の中で話してくれた。

その話を聞きながら今後サミュエルさんに農園が引き継がれた先のことを僕自身とても楽しみに感じたし、きっと彼らも希望や未来を描いていたはずだ。

 

その夜、街のレストランでサミュエルさんと夕食をとっていたらサラティエルさんがやってきた。

手には箱入りのクッキー。僕の子どもたちにと持ってきてくれたのだ。どうやらクリスマスの売れ残りで、彼そっくりのサンタクロースのイラストが描かれたパッケージに思わず笑いがおき、彼自身もそれを顔のそばに近づけて写真を撮らせてくれた。

お決まりなのかもしれないが「また来年」という言葉を交わし別れた。彼との最後の時間だった

 

カメラを向けるといつも何かしらのリアクションを見せてくれるので明るい写真ばかりが残る彼だが、時折とても真面目な顔で話す時があった。コーヒーの話や生活の話、家族の話をするときだ。

コーヒーの買い付け額がそのまま生活に直結する小さな農家であったため、評価や買い付け額などにはとてもシビアだったと思う。僕なんかはあまり量を買えるような大きなコーヒー屋ではないから取引をする負担も大きいだろうに、毎年あたたかく迎えてくれ、一緒に農園を案内し、確かな品質のコーヒーを譲ってくれる。

今になって僕はその心遣いになにか応えていれたのだろうかと不安になるくらいだ。

 

美味しいコーヒーが当たり前に手に入るようになってきて、そのぶん作り手の顔も消費者から見えやすくなってきた。

でもそれだけではダイレクトトレードは成り立たず、お互いの生活や人生のようなものを重ね合わせながらひとつの共同体として一緒にコーヒーを作っていく覚悟が必要となる。

 

消費の現場から作り手の顔が見えることが透明性だとは僕は思わない。

むしろ作り手から消費の現場が見えることが真の透明性でありダイレクトトレードだと思う。

 

今年も4月にニカラグアを訪問することにしていて、もちろん彼の農園も訪ねる予定だ。サミュエルさんの意向もあり、今回は少しゆっくり彼らと過ごせたらと思っている。

 

 

2018年1月8日
イトログ

 

『2017年とこれから』

 

2017年のカリオモンズコーヒーの営業が終了した。

この一年はいろいろな新しいことがあった。

 

買い付けグループの一員として毎年訪問していた産地への渡航を、単独で行くようになった。

受け入れてくれる農家さんたちにも負担がかかるし、治安上のリスクも高くなる。

その分、得られるものも多かった。一人ひとりの農家さんたちとこれまでにないくらいゆっくりと話をすることができた。これまでの訪問で知らなかった、聞き落していた基本的なことも聞け、コーヒーはもちろんのこと、その作り手たちのプライベートな部分に深く関わることができるようになった。

 

お店の動きとしては、5年間カリオモンズコーヒーを支えてくれたこんちゃんがオーストラリアに引っ越した。今はメルボルン郊外のカフェでバリスタとして働いている。

カリオモンズコーヒーにとって大きな柱だった彼女なので、いなくなってしばらくは新しい体制に慣れるまで体力的・精神的にストレスのかかる時期を過ごしたけれど、時間が経つうちに僕も含めそれぞれのスタッフにも彼女がやっていた仕事を自分の仕事として受け入れる自覚が芽生え、今はこれまで以上に良い動きの中で仕事ができている。

 

僕自身も焙煎をまたやるようになり、これまで疑問に思っていたたくさんのことを自分の焙煎の中で検証したり、新しい発見をしたり、久しぶりの現場の仕事にとてもわくわくする毎日を過ごしている。この感覚はしばらく現場を離れたからこそ得られた感覚で、ずっと現場にいても感じることはなかっただろうし、経営ばかりに目を向けていても得られなかった貴重な感覚だと思っている。

 

経営としては、ひとつの目標であった『有給消化率100%』を達成することができた。これは前にもブログに書いた『人生はここにはない』の体現だと思っている。外の世界で自分の人生を過ごしてもらうことで、仕事に対してより明確なビジョンやプライドを持ってもらいたいと思っているからこそ、この有給消化率100%の達成は嬉しい結果となった。

時津と大村と、職場がふたつにわかれたことでチーム内での交流がこれまでに比べて減り、情報共有やトレーニングの曖昧さ、企画の決定実行までのタイムラグが目立つようになった。

思い切って平日を午後オープンに切り替え、午前中の時間を全員で仕事することでかなり解消されたと思っている。働く場所は違えど、同じ意識の中で仕事をすることがチームとして一番大切なことだ。お客様にはご不便をおかけするけれど、チームが同じ意識の中で仕事することは結果的にコーヒーの味としてサービスとしてお客様に還元される。

たまには夜遅くまでトレーニングするのもいいけれど、それは自分たちの意思でやることでお店のプログラムとしてやることではない。

今後も『小さな改革』を繰り返しながらお客様にも、僕らにも、良いお店作りができればと思っている。

 

これからについて、2018年はお店の中だけでなく、僕らがこの街でお店をやっている役割についても考えて行動したいと思っている。

なぜ長崎のこの街でお店をやっているのか、この街にでやることでどう影響を与えれるのか、そしてこの街に何を還元できるのか。自分たちの充実だけを見るのではなく、地域やコミュニティまでを考えたお店作りをやっていきたいと思っている。

このことは恥ずかしながら、僕自身としてこれまであまり意識していなかったことだ。

カリオモンズコーヒーがこの街にある理由なんて考えもしなかったし、地域に何かを還元しようなんてのも思っていなかった。今頃になって僕たちがこの街に与えている影響について考えるようになり、僕たちの世代が動かしていくであろうこの街の未来を意識するようになった。

 

もっともっと学びたいこともあるし習得したい技術もある。知らないといけないこともたくさんある。

山積みのそれらを想像しただけで2018年がどれだけ充実した年になるかがわかる。

 

 

2017年10月15日
イトログ

 

『その土地の人』

 

今日、こんちゃんがオーストラリアに向けて長崎を発った。

昨年から目標にしていたメルボルンでのワーキングホリデー。情報収集や実際に現地を下見をしながら少しずつ準備をすすめていた。

 

「いつでも帰っておいで」と、たくさんの人に優しい声をかけてもらったそう。

僕はそう言いませんでした。僕は僕の立場から、違った気持ちで送り出したから。

 

これから1年間、彼女にはオーストラリア人として暮らしてもらいたい。その間、彼女の帰る場所はオーストラリアであってほしい。

その土地に住み、その土地のものを食べ、その土地の空気を吸って暮らす。その先にようやく理解できるその土地の文化があるはず。

 

僕は、自分の意思で行動した彼女の仲間であることをとても誇りに感じている。

1年間、向こうの風を纏いながら楽しんでくれたら。

 

 

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