2018年2月11日
イトログ

 

『サラティエルさんの死』

 

2018年を迎えてすぐの1月5日、ラ・エスペランサ農園のサラティエルさんが交通事故で亡くなったとのメッセージがニカラグアの農家さんから届いた。

僕は最初そのメッセージの意味がわからず、どういうことなのだろうとぼんやり考えていたのだけれど、その後しばらくしてサラティエルさんの息子サミュエルから送られてきたメッセージを読んでその全てを理解した。

 

ニカラグアは今、収穫期の真っ只中。この時期はピッカーと呼ばれるコーヒーの実を収穫する季節労働者で農園は溢れかえる。

ただし近年、季節労働の収入の不安定から、通年雇ってくれる都市部のタバコ工場に勤めたり、コスタリカやパナマといった隣国へ出稼ぎに行ったりと、ピッカーそのものの数が減り、結果、収穫期に腕の良いピッカーを獲得すること自体が難しくなっている。

サラティエルさんが事故にあったのは自身の農園があるエリアとは違うエリア。

地元のニュース記事ではおそらく収穫を手伝ってくれるピッカーを探しに出かけていたのだろうと。その道中の出来事だったそうだ。

 

サラティエルさんに最初に出会ったのは2011年。一昨年まで一緒に買い付けをしていたグループにニカラグアに連れて行ってもらったときだ。

滞在しているオコタルの街からほど近いディピルトというエリアで、農園に着くなりずんぐりとした体格の熊のようなおじさんが現れた。サラティエルさんだ。

彼はみんなを家の中に招待し、ひとりひとりにお土産を手渡してくれた。ここから昨年まで毎年彼には会うのだけれど、ロバの置物やテーブルいっぱいのフルーツ、農園のロゴが入ったTシャツなど、その度にたくさんのおもてなしをしてくれた。

 

彼の農園で収穫の体験をしたことがあった。

手ほどきを受けていざ収穫。しばらくすると彼が僕が収穫したカゴの中のコーヒーチェリーを手に取りスペイン語で話しかけてきた。

「これは一見赤く熟したように見えるけれど、裏面にいくにつれて少しずつ黄色になっている。これはまだ収穫するには早いんだ」

こういった内容のことをジェスチャーを交えながら熱心に丁寧に説明してくれた。収穫中の手つきや高い枝についたコーヒーチェリーの収穫の仕方など、実際の収穫も目の前で実演してくれた。

 

ある年、ディピルトエリアのコーヒーの品質が例年よりも下がったことがあった。コーヒーの木の病気であるサビ病が中南米を襲ったときだ。

彼の家でいくつかの食事とフルーツを囲みながらこんな話をした。

「今年はコーヒーの品質があまり良くない。コーヒーチェリーが熟す途中に落ちてしまったり、木そのものの状態もあまり良くないようだ。雨も多い」

何でも屋の彼は焙煎もやったりはするけれど、コーヒーの味を専門的に評価できることはなかった。これまで培ってきた経験と木の状態から間接的にコーヒーの味を評価していたのだろう。実際、カッピングの結果も良くはなかった。

チェリーの状態などいくつかの成分検査は実施していたものの、肌感覚で直感的にコーヒーに向き合う彼の正確さに驚いたのをよく覚えている。

 

結果的に最後に彼に会うことになった2017年。

初めて一人でニカラグアを訪問した僕を彼はいつもと同じように迎えてくれ、息子のサミュエルさんと一緒にこれからのビジョン、サラティエルさんとサミュエルさんのそれぞれの考え、今後の農園の方針、そういったことを農園の中で話してくれた。

その話を聞きながら今後サミュエルさんに農園が引き継がれた先のことを僕自身とても楽しみに感じたし、きっと彼らも希望や未来を描いていたはずだ。

 

その夜、街のレストランでサミュエルさんと夕食をとっていたらサラティエルさんがやってきた。

手には箱入りのクッキー。僕の子どもたちにと持ってきてくれたのだ。どうやらクリスマスの売れ残りで、彼そっくりのサンタクロースのイラストが描かれたパッケージに思わず笑いがおき、彼自身もそれを顔のそばに近づけて写真を撮らせてくれた。

お決まりなのかもしれないが「また来年」という言葉を交わし別れた。彼との最後の時間だった

 

カメラを向けるといつも何かしらのリアクションを見せてくれるので明るい写真ばかりが残る彼だが、時折とても真面目な顔で話す時があった。コーヒーの話や生活の話、家族の話をするときだ。

コーヒーの買い付け額がそのまま生活に直結する小さな農家であったため、評価や買い付け額などにはとてもシビアだったと思う。僕なんかはあまり量を買えるような大きなコーヒー屋ではないから取引をする負担も大きいだろうに、毎年あたたかく迎えてくれ、一緒に農園を案内し、確かな品質のコーヒーを譲ってくれる。

今になって僕はその心遣いになにか応えていれたのだろうかと不安になるくらいだ。

 

美味しいコーヒーが当たり前に手に入るようになってきて、そのぶん作り手の顔も消費者から見えやすくなってきた。

でもそれだけではダイレクトトレードは成り立たず、お互いの生活や人生のようなものを重ね合わせながらひとつの共同体として一緒にコーヒーを作っていく覚悟が必要となる。

 

消費の現場から作り手の顔が見えることが透明性だとは僕は思わない。

むしろ作り手から消費の現場が見えることが真の透明性でありダイレクトトレードだと思う。

 

今年も4月にニカラグアを訪問することにしていて、もちろん彼の農園も訪ねる予定だ。サミュエルさんの意向もあり、今回は少しゆっくり彼らと過ごせたらと思っている。

 

 

2018年1月8日
イトログ

 

『2017年とこれから』

 

2017年のカリオモンズコーヒーの営業が終了した。

この一年はいろいろな新しいことがあった。

 

買い付けグループの一員として毎年訪問していた産地への渡航を、単独で行くようになった。

受け入れてくれる農家さんたちにも負担がかかるし、治安上のリスクも高くなる。

その分、得られるものも多かった。一人ひとりの農家さんたちとこれまでにないくらいゆっくりと話をすることができた。これまでの訪問で知らなかった、聞き落していた基本的なことも聞け、コーヒーはもちろんのこと、その作り手たちのプライベートな部分に深く関わることができるようになった。

 

お店の動きとしては、5年間カリオモンズコーヒーを支えてくれたこんちゃんがオーストラリアに引っ越した。今はメルボルン郊外のカフェでバリスタとして働いている。

カリオモンズコーヒーにとって大きな柱だった彼女なので、いなくなってしばらくは新しい体制に慣れるまで体力的・精神的にストレスのかかる時期を過ごしたけれど、時間が経つうちに僕も含めそれぞれのスタッフにも彼女がやっていた仕事を自分の仕事として受け入れる自覚が芽生え、今はこれまで以上に良い動きの中で仕事ができている。

 

僕自身も焙煎をまたやるようになり、これまで疑問に思っていたたくさんのことを自分の焙煎の中で検証したり、新しい発見をしたり、久しぶりの現場の仕事にとてもわくわくする毎日を過ごしている。この感覚はしばらく現場を離れたからこそ得られた感覚で、ずっと現場にいても感じることはなかっただろうし、経営ばかりに目を向けていても得られなかった貴重な感覚だと思っている。

 

経営としては、ひとつの目標であった『有給消化率100%』を達成することができた。これは前にもブログに書いた『人生はここにはない』の体現だと思っている。外の世界で自分の人生を過ごしてもらうことで、仕事に対してより明確なビジョンやプライドを持ってもらいたいと思っているからこそ、この有給消化率100%の達成は嬉しい結果となった。

時津と大村と、職場がふたつにわかれたことでチーム内での交流がこれまでに比べて減り、情報共有やトレーニングの曖昧さ、企画の決定実行までのタイムラグが目立つようになった。

思い切って平日を午後オープンに切り替え、午前中の時間を全員で仕事することでかなり解消されたと思っている。働く場所は違えど、同じ意識の中で仕事をすることがチームとして一番大切なことだ。お客様にはご不便をおかけするけれど、チームが同じ意識の中で仕事することは結果的にコーヒーの味としてサービスとしてお客様に還元される。

たまには夜遅くまでトレーニングするのもいいけれど、それは自分たちの意思でやることでお店のプログラムとしてやることではない。

今後も『小さな改革』を繰り返しながらお客様にも、僕らにも、良いお店作りができればと思っている。

 

これからについて、2018年はお店の中だけでなく、僕らがこの街でお店をやっている役割についても考えて行動したいと思っている。

なぜ長崎のこの街でお店をやっているのか、この街にでやることでどう影響を与えれるのか、そしてこの街に何を還元できるのか。自分たちの充実だけを見るのではなく、地域やコミュニティまでを考えたお店作りをやっていきたいと思っている。

このことは恥ずかしながら、僕自身としてこれまであまり意識していなかったことだ。

カリオモンズコーヒーがこの街にある理由なんて考えもしなかったし、地域に何かを還元しようなんてのも思っていなかった。今頃になって僕たちがこの街に与えている影響について考えるようになり、僕たちの世代が動かしていくであろうこの街の未来を意識するようになった。

 

もっともっと学びたいこともあるし習得したい技術もある。知らないといけないこともたくさんある。

山積みのそれらを想像しただけで2018年がどれだけ充実した年になるかがわかる。

 

 

2017年10月15日
イトログ

 

『その土地の人』

 

今日、こんちゃんがオーストラリアに向けて長崎を発った。

昨年から目標にしていたメルボルンでのワーキングホリデー。情報収集や実際に現地を下見をしながら少しずつ準備をすすめていた。

 

「いつでも帰っておいで」と、たくさんの人に優しい声をかけてもらったそう。

僕はそう言いませんでした。僕は僕の立場から、違った気持ちで送り出したから。

 

これから1年間、彼女にはオーストラリア人として暮らしてもらいたい。その間、彼女の帰る場所はオーストラリアであってほしい。

その土地に住み、その土地のものを食べ、その土地の空気を吸って暮らす。その先にようやく理解できるその土地の文化があるはず。

 

僕は、自分の意思で行動した彼女の仲間であることをとても誇りに感じている。

1年間、向こうの風を纏いながら楽しんでくれたら。

 

 

2017年3月23日
イトログ

『今年もここへ』

 

僕は今、ニカラグアにいる。

毎年恒例となったコーヒー豆の買い付けのためで、長崎を離れてから25時間ほど。ようやく空港前のホテルにチェックインした。

 

飛行機の中では見事な夕陽を楽しませてくれた空も、先ほどから雨となり、それに応じるようにけたたましく鳴っていたホテルのバーの音楽もぴたりと止んだ。

今はただ、屋根を叩く雨の音と、チッチッと鳴くトカゲの鳴き声だけが静かな部屋に響いている。

 

本来ニカラグアではこの時期は乾季なので雨が降ることは稀なのだが、コーヒー農家さんからの前情報で今年は雨が多いと聞いていた。

もちろん、コーヒー栽培にも影響が出ているが、品質が落ちているということはないそうだ。

 

例年であればグループで訪問していた産地買い付けも、今年は僕ひとりできている。

今回の旅は僕自身の経験や考え方にも大きく影響するだろうし、わざわざひとりを案内してくれる農家さんたちにも感謝の気持ちでいっぱいだ。

そんな意味では、どこか初めてこの場所に来たような興奮と不安が入り混じった気持ちでこのブログを書いている。

 

明日からは農園訪問やカッピングが始まる。

雨が降らないことを願いつつ、今回の中米出張が始まった。

 

 

2017年1月2日
イトログ

『2016年の終わりに思うこと』

 

今年が始まるとき、とある友人の勧めで、《あっという間》という言葉を使わない一年にしようと心に決めていた。

物事を消化的に過ごしたとき、その終わりに《あっという間》という言葉が口をついて出てくるのだと教わった。

 

その気持ちを胸に2016年を過ごしてみて、やっぱり僕には《あっという間》という言葉がお似合いなのだと感じている。

どんなに密度の高い充実した日々を過ごしても、どんなに一つ一つの小さな物事に強く集中しても、やっぱり僕にはあっという間に感じられてしまうようだ。

 

そんなあっという間の2016年でも、とりわけ大きなイベントだったのが【カリオモンズコーヒー大村のオープン】だろう。

 

これまでひとつだった仕事場がふたつになり、ひとつ屋根の下で働いていたチームが別々の場所で働くことになった。

この別々の場所で、、というのがこれまで僕が店舗を増やさなかった理由で、お店というものはブランドでも味でもなく、人で動いているということを強く意識しているからこそ、これまで店舗を増やすという選択肢を選んでこなかった。(もちろんブランドも味も大切なのだけれど)

 

けれども幸いなことに人には人一倍恵まれ、立場関係なく信頼し合えるチームが集まったことで、背中を押されるようにカリオモンズコーヒー大村が立ち上がった。

オープンして5ヶ月。徐々に認知度も上がり、長崎と大村との文化や消費の違いにも対応しながら少しずつでも根ざしていけるよう努めている。

それぞれの店舗にも頼もしいリーダーが育ち、『組織』としての歩みも始めている。カリオモンズコーヒーはすでに次のステージにあって、店主だった僕自身もそれに合わせた動きの取り方が必要な時期にきている。

 

 

2017年はどんな一年になるのだろう。

 

たくさんの出来事が僕の身に起こり、また、たくさんの困難が僕を待っている。

それらを乗り越えたとき、ちょうど1年後くらいに《あっという間》という言葉がぽろりと出てくれば、それは素晴らしい一年を過ごした証拠になるのだろう。

 

2016年の一年間で僕はそれを学んだ。

 

来年もまた《あっという間》になるような一年を楽しみたいと思う。

 

※この記事は2016年12月末に書かれた記事です。

 

 

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