2015年11月10日
イトログ

『きっかけ_005』

 

美しい景色やそこで働く人たちの写真を撮りながら、僕にはひとつの感情が芽生え始めていた。

 

「自分もコーヒー豆が買いたい。」

 

一度でいいから産地が見てみたいと言って無理やり連れてきてもらったものの、そこでの生活を通じてわずかながらに僕は農家たちとの繋がりを感じていた。

もちろん、言葉が通じる訳でもなく、長い時間寝食をともにしたわけではない。
(美味しいお酒は一緒に飲んだのだけれども)

僕が一方的に好意的になっていたのかもしれない。

それでも実際に目の前に広がるコーヒー農園で栽培されるコーヒー豆、そしてそれを生み出している農家さんたちを前に、僕は彼らのコーヒー豆を買いたい気持ちでいっぱいになっていた。

 

もしかしたら、その気持ちが自分の内から漏れていたのかもしれない。

ある日の晩、僕を産地に連れてきてくれた人からこう聞かれたのだ。

「こんなの見たら買いたいでしょ。」

僕は間髪入れずに「買いたい」と返事をし、産地見学ツアーは晴れて初めての買い付け渡航になったのである。

あとから聞くと、僕を産地に連れて行くとみんなで話し合ったときにはすでにそういう流れができていたらしく、産地での僕の行動を見て、ほら、やっぱりね、となったのらしい。

 

とにもかくにも、僕はこの瞬間からこのグループの共同買い付けメンバーの一人となった。

当然、自分で買い付けるコーヒー豆を選ばないといけなくなったわけだ。

飛び上がるほどの嬉しさの陰で、大きな不安もよぎっていた。

自分が選ぶコーヒー豆の品質、というよりは、自分がお店で販売しているコーヒー豆の量と、現実的に買い付ける為の資金、が大きく不足していたからだ。

実際、この年に僕が買い付けた量は、当時僕がお店で販売していたコーヒー豆の倍以上で、冷や汗をながしながら数量のオファーを出したのをよく覚えている。

資金については、創業時にお世話になった機関からの協力でなんとか工面することができた。

 

2週間の買い付け渡航を終え、日本へ帰った数ヶ月後、自分がオファーを出した通りの大量のコーヒー豆がお店に届いた。

それをみて、改めて(大丈夫かな、、)と思いながらも、自分が実際に見て、カッピングして選んで、なにより農家さんたちの手から直接渡されたようなコーヒー豆に言葉にならないような喜びを感じた。

 

− つづく

2015年10月16日
イトログ

『きっかけ_004』

 

初めての海外に半ば心を躍らせながら、完璧なまでにガイドに忠実に荷造りを進めた。

唯一間に合っていないものと言えば僕の気構えくらいで、モノに関しては少なくとも最近の買い付け時の荷造りよりもきちんとしていたと思う。

このフライトで初めて会うメンバーがほどんとで、成田空港をウロウロとさまよった挙句、ようやく買い付けメンバーたちと合流し、いざ、初めての産地へ向かうことになる。

 

目に見えるもの全てが初めての光景だった。

子どもの頃、親が運転する車の窓から見える景色が新鮮でずっと外を見ていたように、視界に入ってくるもの全てが日本と違い、そして新しかった。

アメリカを経由して、初めて降り立ったコーヒーの産地、ニカラグア。

空港まで迎えに来てくれたエル・ポルベニール農園のセルジオさんが僕が人生で初めて会ったコーヒー農家だ。
(事前にメンバーのブログなんかで生産者の予習はしたから顔はばっちり)

彼の車でマナグアの空港から3時間の道のりを走り、ようやく滞在するオコタルの街のホテルに着いた時にはニカラグアは深夜になっていた。

ちなみに、中米の各国には制限速度があってないようなもので、隙あらばみんなとてつもないスピードで走りだす。

これまでに何度も「死ぬ、、!」と思ったことがあるけれど、慣れというものは怖いもので、最近ではそんな車の中で寝ることもできるようになってしまった。

 

次の日からいよいよコーヒー農園を訪問するスケジュールが開始され、昨晩空港に来てくれたセルジオさんがホテルまで迎えに来てくれ、オコタルから彼の農園があるサンフェルナンド地区を目指した。

正直に言うと、僕は農園訪問を観光地に行くくらいに軽く考えていた。

見晴らしの良い展望台のような場所から街を見下ろし、心地よい風を受けながらコーヒーの木の間を散策する程度にイメージしていた。

実際には山肌を削っただけの舗装されていない道を延々と走り、いくつもの川を車で渡り、ときにはトラックの荷台で砂まみれになりながら進み、切り立つようにそびえる急斜面に植えてあるコーヒーの木の枝をかき分けながら歩かないといけない。

足を踏み外して斜面を滑り落ちたり、足に大量の蟻が登ってきたりと、とてもお客さんたちには案内できないような場所だ。

初めての訪問で酔い止めも持たずに行っていた僕は、案の定、初日に悪路を進む車に酔ってしまい、途中で休憩をさせてもらうはめになった。

ひとつ、イメージ通りなものを挙げるとしたら、道中や農園からの美し景観だろう。

中米の『色』は、日本のそれとは全く違い、もっと濃く、さらに深い色をしている。

透き通るように青い空、深い緑の木々、鮮やかな色の生き物たち。

全てが本当に美しくて、僕は農園を訪問する傍ら、たくさんの写真を撮った。

 

− つづく

2015年9月11日
イトログ

『きっかけ_003』

 

それからというもの、僕は度々、その人のお店を訪問した。

実際の買い付けについての話を聞かせてもらうのはもちろんのこと、経営の話や、自分で焙煎したコーヒー豆を持参して評価をしてもらったりもした。

お客様が読んでいるこのブログで書くのも気がひけるけれど、あの頃を振り返ったら本当に恥ずかしい焙煎をしていたと思う。

 

彼らは正直に評価してくれるありがたい存在だった。

感じたことやアドバイスをどんどんフィードバックしてくれ、焙煎技術の向上に惜しみなく協力してくれた。

その時からずっと、カッピングの重要性を説かれ、それは買い付け仲間になった今でも言われている。

嗜好品であり、好みに依存するところの多いコーヒーの味を適正に評価していく。

そんなある種不可能なようなことを可能にするのがカッピングだと。

そしてこれは、コーヒー豆そのものの評価はもちろん、焙煎の良し悪しや、抽出の結果など、僕らがコーヒー屋として関わる全ての行程に於いて利用可能な技術であると教えられた。

 

それまでもカッピングのことは表面上で知ってはいたけれど、そんなに重要な技術だということはつゆ知らず、大きく反省した僕はそれからカッピングを積極的に日々の仕事に取り入れた。

全国様々な場所で開催されているカッピングセミナーにも極力参加し、多くの人のスコアから自分の癖や欠点、課題などをあぶり出し、それらを日々のカッピングで克服できるようにがむしゃらにカッピングを覚えた。

今でも技術や経験ともにまだまだヒヨッコみたいなものだけれど、それでも産地に行き始めてからはカッピングが本当に役に立っている。

 

そうやって過ごしていた2011年早々のある日。

僕はその人に電話をかけた。

「今年も産地に行くのであれば連れて行って欲しい」

この言葉を伝えるためだ。

「買い付けができなくてもいい」

「まずは現場を自分の目で見てみたい」

 

彼は困惑した口調で「他の仲間に相談します」と言って電話を切った。

たいていこういう時は丁寧に断られる返事が来るものだ。

女の子に告白して「少し時間をちょうだい」と言われたときのそれと同じ。

「友達のままでいようよ」

僕だって昔の経験からこの流れは予想できたし、なんせ買い付けをしない以上、農家さんにメリットもない観光客同然の存在を連れて行っても失礼なだけだというのは自分にも理解できた。

 

しかし彼からの返事は全く逆の答えだった。

「出発まで時間がありません。パスポートの番号を教えてください」

それから慌ててお金を準備し、恥ずかしながらパスポートを持っていなかったのですぐにパスポートを作り(散髪にも行けなかったので次の更新は余裕を持って行こうとパスポートを見るたびに思う)、実家に眠っていたスーツケースを引っ張り出して荷造りした。

 

生まれて初めての海外。

出発はすぐそこに迫っている。

僕には自分の人生がとても自分のものとは実感できていなかった。

ただ、がむしゃらだった。

 

− つづく

2015年8月22日
イトログ

『きっかけ_002』

 

「お店をやろう。」

 

コーヒーという飲み物に『作り手』の存在を感じてから自分のお店を持つまで、そう時間はかからなかった。

 

どこかのコーヒーショップに就職する道ではなく、最初から自分のお店として立ち上げた理由はたくさんあるけれど、一番の理由は雇われるのが性に合わなかったというのが大きいと思う。

そんな無茶苦茶な、、、と思われるかもしれないが、自分の好きなことを仕事にするということに於いて自分の好きなようにできることは僕にとってはとても重要だった。

もちろん実際には1から10まで好きにできるというわけではない。

それでも嗜好品という否定されない世界で自分自身の表現の場を持てたことは本当に幸運だったと思う。

 

お店をやると決めた当初から、僕の頭の中にはコーヒーの産地に行く目標があった。

海外経験もない、なんの繋がりもない23歳の若者が、地球の裏側まで行くにはどうすればいいのか。

僕が初めてスペシャルティコーヒーに出会った時に経験したあの衝撃を、どうすれば多くの人に与えられるのだろう。

そんなことを、初めて持った自分のお店『移動カフェ カリオモンズ珈琲』の小さな車内でずっと考えていた。

ちなみにこの頃、僕はすでに結婚していて一人の息子もいたため、一年で結果が出なければスッパリと辞めろと周りから釘をさされていた。

今僕の周りに同じような人間が現れたら、僕も同じように言うと思う。笑

昔から追い詰められないと動けない性格だったので、僕にはこれくらいの境遇がちょうどよかったのかもしれない。

 

転機というのは唐突に訪れるもので、ある時フラッとお店にやってきた業者さんに自分の想いを漏らしたところ、その人が担当している他のコーヒー屋さんを紹介してくれた。

「毎年現地までコーヒーの買い付けに行っているそうですよ」

そう話しながらお店の屋号だけを教えてくれ、ご縁があるといいですねという感じでお店を出て行った。

 

その日の夜、さっそくお店の屋号をインターネットで調べ、がむしゃらに自分の気持ちを綴ったメールを誰が読むともわからない問い合わせフォームから送った。

数日後、丁寧な返信が届き、 今の買い付け仲間と出会うことになるのである。

 

− つづく

2015年8月8日
イトログ

お店のブログということで、どうしてもお店からのお知らせがメインになってしまうのは致し方ないことではあるのだけれど、僕イトウ自身の個人的な言葉のアウトプットの場として思い切って新しいカテゴリを作ってみた。

名付けて『イトログ』。

イトウのブログ、だから『イトログ』。
なんのひねりもない名前だけど、これくらいがちょうど良い。
肩を張らず、フラットな気持ちで日々を綴れれば良いのだから。

記念すべき、というほど大層なものでもないけれど、それでもやっぱりイトログ最初の記事 。
テーマは何にしようかと想いを巡らせるうちに、やっぱり僕の日々の仕事であるコーヒーの話題になってしまった。

僕がコーヒー屋をやるようになったきっかけ。

 

『きっかけ_001』

僕が幼い頃、日曜日になると父が朝から街のパン屋に連れて行ってくれ、いくつかの焼きたてのパンを買っては家族で遅めの朝食を食べるという時期がしばらくあった。
かっこつけの父のことだから、一時の流行りごとだったのだろう。
その時淹れていたコーヒーが息子の人生に影響を与えるとも知らなかっただろうに。

パンを買って帰宅すると、決まって父はコーヒーを淹れていた。
折り目をつけたフィルターにコーヒーの粉を入れ、シュンシュンと蒸気を立てるポットからお湯を注ぐ。
蒸らしだの膨らみだの難しいことは一切考えず(父は考えていたのかもしれないが)、 人数分のコーヒーが落ちればおしまいの数分間。
キッチンに立ち込める香りと、父のドリップ姿は今でもぼんやりと覚えている。

僕がコーヒーを覚えたのはこの時期だ。 
「砂糖は入れないほうがいい」と父から教わり、黒くて苦い液体を無理やりに美味しいと言い聞かせながら飲んでいたが、これがなければコーヒーに興味を持つこともなかったかもしれない。

時は巡って18才くらい。
僕は長崎市にあるカフェでアルバイトをやっていた。
なんとなくの趣味がカフェ巡りのようなもので、新しいお店を見つけるとふらりと立ち寄って食事やらコーヒーやらを楽しむうちにこのカフェのマスターから誘われたのがきっかけだった。
別にコーヒー専門店ではなかったし、食事からアルコールまでを作っては提供していたが、仕事の一つとしてコーヒーのドリップも教わり、カウンターの中で自分なりの美味しさを求めると同時に、知らず知らずのうちにカップを満たすコーヒーのように底の見えない深みにハマっていく僕がいた。

親に似たのか凝り性で、コーヒーの本やコーヒー特集が組まれた雑誌を買っては読み漁り、仕事の合間をみながらお店の道具を借りて試す毎日。
そのうちに出会った一冊の本『ブルータス』では、スペシャルティコーヒーの特集が組まれ、苦い飲み物からの脱却を図ったような内容でひときわ興味を抱いたのを覚えている。
いつものようにパラパラとページをめくっていると、 掲載された一軒のコーヒーショップが目に止まった。
福岡という現実的に訪問ができる距離で、さっそく他の用事も作りながら福岡へ行くことにした。
お店のドアを開けた瞬間に鼻に入ってきた店内に充満する甘くて華やかで、どこか洋菓子屋の焼き菓子を思わせるような香り。
全く新しい世界に飛び込んだみたいでワクワクした。まるで新しいゲームソフトを買ったときのような高揚感があった。

飲ませてもらったコーヒーの味はいつでも鮮明に思い出せる。
花の蜜のようなアロマ、ベリーを思わせる重厚感のある酸味、そしてミルクチョコレートを感じる甘さ。
僕が初めて出会ったスペシャルティコーヒーはケニアのコーヒーだった。

そこからは一直線にスペシャルティコーヒーにのめり込んだ。
幼い頃からの記憶にある苦いコーヒーの味はなんだったのだろう。 
染み付いた記憶との違いに戸惑いながらも新しいコーヒーの世界に入り込めたことが楽しかった。 
様々なスペシャルティコーヒーと呼ばれるコーヒーを飲むうちに、初めて『作り手』という存在が僕の中に現れたような気がした。 

− つづく

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